モノ魔リスト

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必要ではない。だがよく考えてみると、たしかに必要ではないようだが愛すべきモノたち。

海外駐在経験が転職活動に効くであろう理由

 

先日の記事にて

「弊社駐在員の大多数は英語が理解できていない」

TOEICを受けてみると、揃ってみすぼらしい点数を叩き出す」

という事実に触れ、

「中にはできている人もいたが、全員転職してしまった」

という文言を垂れ流した。

 

会社としては結構由々しき事態と感じなくもない。何せここにまた一人、転職をする元駐在員が増えたのだから。

 

 

実際に転職活動を開始したのは7月の終盤からだったが、結局おおよそ2カ月で外資大手からの内定を得るに至った。実際に応募したのは4社(すべて外資)で、1つは景気動向注視による採用フリーズ、残る2社はいずれも最終面接時(選考要素は殆ど無し)を辞退したため、実質的にお見送りをされたケースはなかったとの判断もできる。最終的にサインした書面には現職に比べ、200万円に迫る待遇の向上が記載されていた。これが中国は武漢に端を発したコロナウィルスにかき乱された情勢の中での転職活動であったと考えれば、それなりに上々の転職活動だったのでは、と振り返っている。

 

来週には現職へ退職の連絡を入れる予定であり、恐らくはそこでひと悶着あるとは思うが、次の会社への初出社日は1月頭と余裕を取っているため、大方はどうにかなるだろうと予想している。

 

しかし振り返って考えるに、やはり駐在経験は転職において有利に働くという事は間違いなさそうである。というのも、単純に書類・面接の通過率が上がるのである。転職が書類応募→面接というプロセスを踏む以上は、この通過率を上げる事は内定に直結するだろう、ということだ。

 

 

書類通過率が高くなる

書類審査で重視されるポイントは色々あるだろうが、新卒の場合は大学名・大学院名が重視される傾向が根強い。となると中途採用の場合は、これが現職の企業名になるわけだが、新卒と異なり職歴書を作成する必要がある。これは新卒時に提出する自己PRなどに比べると割と細かく書く必要があり、その経験が稀有で目を引くほど、つまり差別化できているほどプラスに働くわけである。昨今、海外勤務経験のある社会人など珍しくもないと思えるが、それでも就労人口全体に比べれば1%に満たないわけで、絶対数として単純に少ないのである。

転職において、平均的な書類通過率は10%~50%だという。何が”平均”だ、随分と幅があるじゃないか、と感じなくもないが、エージェントによっていう事が違うので仕方がない。ただ筆者の場合、結果だけを見れば外資4社に応募してすべて通過しているわけであり、これは全体から見れば恐らく高い方だ。

 

面接通過率が高くなる

面接は正直、得手不得手が如実に出るプロセスと思うが、新卒・中途を問わず、就職において避けては通れない。筆者は幸いにしてそれほど苦手ではないが、どうしても苦手という御仁もおられるのも事実だろう。ただ、基本的に話す内容と言うのは現職の経験についてが大半なわけである。よって面接と言うプロセスの得手不得手を抜きにしても、話せるネタが多いというのは単純に強い。時たま来るトリッキーな質問も、海外勤務中のトリッキーな経験に比べれば物の数ではないということだ。特に筆者の場合、自分以外は全員ローカルのメンバーであり、訪問していたお客さんもゴリゴリの現地企業で尚且つ新規であったことから、とにかくネタには事欠かなかった。それも虚飾ではなくすべて実際に起こった生々しいイベントであるから、それをいくら深堀りされようが大した問題ではない。

加えて、海外勤務中は日本にいた時よりも権限が大きくなる。日本で勤務していた時よりも環境が整っていない場合も多く、その場合は自分でやる事の幅も(否応なく)広がる。また社長や役員等のクラスの高い役職と如実に距離が近くなった。例えば日本であれば、役員や社長から直電が来ることなど滅多にないが、海外子会社にいるとそういうわけにもいかなくなる。

また、外資系企業の場合は2時面接あたりで海外のFunction Managerあたりとの英語面接があることがしばしばである。もちろん企業にもよるが2時間近い面接になることもあり、当然ここでは一定のレベルの語学力が求められ、それが無ければ全うすることは難しい。面接官が英語圏出身とは限らず、その点でも幅が求められるのである。プレゼンを求められる場合もよくあり、その場で質問に対応する柔軟性も求められるため、中途半端な語学力だと現実的には厳しい。

英語ができたとしても仕事ができることに直結はしないが、

英語ができない=そもそも業務が遂行できない となるケースは現実ではよくある。中途の面接ではそこを見て、採用する価値があるかどうかを判断しているのだろう。

 

 

実際にはもっと多くの側面で海外駐在経験が転職に有利に働くのかもしれないが、筆者が1回目の転職で感じたメリットはこういったところであった。いずれ2回目、3回目の転職で新たに見えてくるところもあるだろうが、それはまたその時に振り返る事ができれば本望である。

 

 

米国駐在員の英語力を数値化する

 

神話

『1年も英語圏に住んでいれば、英語がペラペラになる』

 

とかいうふざけた神話を未だに信じている人は、流石にこの2020年にはいないだろう。

しかし、

 

日系企業の駐在員として、米国で6年間働いていました(自信に満ちた顔)

 

という人がいたら、「この人はきっとペラペラだ」と思う方は未だにおられるのではないだろうか。これはつまり、「仕事で英語を使っているわけだし、それを6年間も続けていたならば、さぞ上達していることだろう」という安易な想像に基づくものだ。

これについて筆者の見解を述べるならば、これは

先の神話を上回るほど、大変にたわけた神話

である。

 

確かに、6年間駐在をしていて、尚且つ英語が堪能な駐在員というのは一定数存在する。しかし、それは「もともと幼少期に語学習得をする機会があったり、自発的に語学習得の努力を欠かさなかった人」に限る。

 

つまり言いたいのは、「6年間英語圏で英語を使って仕事をしていただけ」では、英語力の向上は大して見込めないということである。

 

そして何故この神話を大変たわけたと形容しているかと言えば、これは周りが「あの人は駐在していたから英語ができるだろう」と思うだけではなく、その駐在員自身も「私は英語ができる」と勘違いしてしまう節が多分にあるからである。まあ、仮にも数年間現地で英語を使って仕事をしていた、という認識があるわけだから無理もないかもしれないが。

そういう悲しい勘違いを起こしてしまう点では、非常に罪深いといってもいい。

 

駐在員のTOEICスコア

悲しい事に、弊社には

「何年間も現地で仕事をしていたのだから、私は英語ができる」

と短絡的な勘違いをしてしまっている駐在員がかなりおられるのだが、彼らには不思議な共通点がある。

それは、本人の自信とは不釣り合いにTOEICのスコアが低いという事である。

 

弊社では定期的にTOEIC IPを受講させられるので、定期的に自身の新しいスコアを確認することができる。そのスコアは本人の社内情報と紐づけされているらしく、マネージャー以上は閲覧できる。

 

筆者が駐在のため渡米した当初、現地でお会いした先輩駐在員の方からTOEICが随分高いね」という驚かれた記憶が何度かある。当時の筆者のスコアは800ちょっとという非常に微妙な点数だったので、逆に少し驚いた記憶がある。これくらいのスコアの人は国内にもごろごろいるし、ましてや駐在員が話題にするほど高いスコアとは思えないからである。

 

そこで気になって少し調べてみたところ、どうやら弊社駐在員のTOEICスコアはだいたい500~600程度が大勢を占めているらしいことが判った。中には400代がちらほらいたほどだ。これはちょっと異常とも思える得点分布である。更には、EU諸国に駐在し英語を使うメンバーも似たような状況であった。くどいようだが、これはリスニング単独のスコアではなく合計スコアである。

ちなみに過去には満点近い人が2名ほどいたようだが、そのどちらも既に転職済みだった。

 

TOEICスコアが低い駐在員の言い分

そして筆者からしてこの得点分布以上に奇妙に思えたのが、

TOEICでは英語力は測れない」

TOEICに意味はない」

「スコアが低くたって英語力あるし」

という御仁がいかに多くおられたか、という事である。

 

確かにTOEICには種々指摘すべき点があり、完璧なテストとは全く言い難い。というより、完璧なテストなど存在し得ないと言った方が正しいか。

また、筆者はそもそもペーパーテストというものが大嫌いなので、ご多分に漏れずTOEICも嫌いである。社内TOEIC何かと理由をつけてサボっていた事が数度あるほどだ。

 

ただ、TOEICという極めてプレーンで平易な英語が展開されるテストにおいて、スコアが500だか600とかしか出ないということならば、少なくともその人は

英語をちゃんと聞けていないし、理解できてもいない

ということは明白である。

 

ネイティブスピーカーが受験すると大体950点前後は出てくるものと聞くし、英語力の高い人が受ければちゃんと高得点が出るテストなのである。そこへきて500点だの600点だのよくわからない点数を取ってしまうということは、少なくともどこかしらに問題があるということに他ならない。

 

TOEICスコアが低い駐在員の特徴

・自発的な英語の勉強は行っていない

・非常にブロークンな英語をお喋りになられる

・相手に対して聞き返しをしない

彼らの特徴は、筆者の知る限りでは恐らくこの3点に尽きる。

 

この際、自発的な語学習得はしていないという点は、今更指摘するまでもないだろう。大体は日常会話本を購入して何となくやっていたり、週に2回英会話をやっていたりという程度の、自発的な学習とは言えないレベルにとどまっている。

※ここでいう”自発的な学習”は、森沢洋介氏著の英語上達完全マップに記されているような、体系的かつ数年単位で継続される学習を指す。

彼らに共通しているのは「日常生活で英語を使っているんだから十分だろう」というスタンスである。

当然、これでは何年いようと英語が使えるようにはならない。

 

ブロークンな英語を話すことについても、今更疑義はない。発音や流暢さは言うに及ばず、文法についても学生時代の朧げな遺産を活用していると思われるので、自然とそういう喋り方になるわけである。

 

最後は筆者の体感ベースではあるが、F2Fでも電話会議でも、彼らは顧客と会話をしている際、滅多に聞き返しをしないように感じる。

筆者などはこれの正反対で、未だに聞き返しや確認をやりがちなので、「聞き返さずに一回ですべて理解できるとは、何と有能な事か」と嘆息していたものだが、そもそもTOEICのリスニングが理解できてないという前提が分かってしまえばその印象は変わる。現地の英語圏のネイティブですらしばしば聞き返しをすることを併せ考えれば、もはや答を出すまでもなかろうが。

要するに「出てきた単語をざっと聞いた感じ、相手はこういうことを言いたいのだろうな」という、事前の予測とか雰囲気に頼って相手の話を聞いているということである。仕事の場合は特にそうで、だいたいが特定の領域で限られた話題しか展開されないことが多く、実際この”雰囲気聞き”でもなんとかなってしまうということだ。

※ただ、これについては筆者もあまり人の事は言えない。顧客のエンジニアが商談の最中、何故か自分の趣味のヴィンテージカー集めについてGeekな話を始めた時は、かなりの部分が理解できなかった。事前の話題共有が全くできていないからであり、ということはつまり筆者自身も”雰囲気聞き”をしてしまっていたということである。ここについては猛省せねばなるまい。

 

TOEICで数値化することの意義

件の、TOEICなど意味がないと主張する先輩駐在員に対し、

「確かにTOEICでは英語力を測れませんな。が、例えばリスニングに関しては、どの程度聞けているかを客観的に見られるのでは?そういう点で、TOEICも多少は参考になるのではなかろうか?」

と遠回しに意見したところ、

「あろうことか駐在員に対して、TOEICのスコアなどという薄っぺらい話をするだと?笑われるぞ、お主。」

といった回答が返ってきた。その言い方の妙な語気の強さに違和感を覚えたものだが、後で人づてに彼のスコアが400代らしいと聞いた後に納得した。彼に関しては、TOEICに対して憎悪すら抱いているように見えた。

 

そこまで行ってしまうともはや後戻りできないかもしれないが、そうでなければ「時たまTOEICのような試験を受けて、客観的な分析ツールとして使ってみる」というスタンスくらいがいい塩梅なように思える。

先に挙げた森沢氏著の英語上達完全マップでも、「900点くらいまでは結構客観的に評価できるテスト」といったような記述があった。実際に筆者の場合、英語の勉強を続けている最中にふとTOEICを受けてみると、いつの間にやら900点を超えていたという感じであった。もちろんTOEICの対策などしたことはない(多分やっても5分と持たないだろうが)。

ある程度英語力が上がれば、点数も勝手についてくるように作られたテストということだろうから、ペースメーカーのような意識で受けてみる意義はあると感じる。

 

補足

意図したわけではないが、何やら弊社の駐在員の悪口ばかり書いてしまったように思うので、ひとつだけフォローをしておくことにする。

今回の話は駐在員の「英語力」にのみフォーカスした話で、普通に駐在しているだけでは英語力の向上は見込めないという結論に結び付けた。ゆえに自発的に英語の勉強をしない限り駐在員の英語力は大して伸びないのだが、よく言われる通り英語が出来る事と仕事ができることはイコールではない。

 

特に海外駐在員の場合、本人のメンタルの強さやマネジメントの出来が買われて駐在を打診された場合も多い。更に言うと、筆者の交流範囲で見る限りでは「英語が下手な駐在員であればあるほど、やけにメンタルが強い」ような気はする。

 

駐在員は大体において、本社の意向と現地スタッフの意見の板挟みになる事が一種仕事のようなところがある。よって駐在員の適正として見るならば、メンタルの強さは英語力よりも重要である。以前に役員の誰かが「海外に放っておいても死にそうにない奴を駐在員として送る」とうそぶいていたので、そもそも語学力などハナから期待していないということかもしれない。

 

そういう意味では、英語がいくら下手でも気にしないメンタルの持ち主が選ばれていると言っても過言ではないわけで、ならばこの大変たわけた罪深い神話が成り立つ構図にも溜飲が下がるというものかもしれない。

 

 

ちなみに、先に述べたTOEICも高く駐在員としても出来たらしい2名は、何故か帰国後すぐに、ベース給料の高い会社へ転職していった。一方で、ブロークンな英語を話す駐在員たちはいずれも居残っている。

こと弊社の状況を見るに、自らの能力を客観視できるかどうかというのは、人生に無視できない差異をもたらすようだ。

 

米国駐在者が帰国後に感じた変化

 

気づけばミシガンから帰国して2カ月以上、隔離期間を経て日本の職場に復帰してから数えても1カ月以上が経過した。

 

海外子会社から日本の親会社に帰ってくるとなると、勤務地や同僚などの周りの状況から事内容に至るまで、すべてがドラスティックに変化する事になる。それはあらかじめ予想していたのだが、しかし実際に返ってきてみるとそれ以外にも様々な変化があった。しかもそれらの変化がどうにも妙な風向きが多いもので、記録がてら羅列しておくことにしてみる。

 

帰国直前からの唐突かつスムーズな社宅入り

実は帰国2カ月前までは、(恐らくは経費の関係で)借り上げ社宅へは入れないとの通達を受けていた。筆者の場合、この社宅に入ることができなければ、自分で家を借りたとしても家賃補助は出ず、すべて自費で賄わなければならない。他の似たような境遇の駐在員は普通にその社宅に入れるのに、である。この点については過去何度か抗議したが、奇天烈な社内規定を盾にすべて却下されていた。

ところが帰国1カ月前になって、直属の上司より突然「社宅に入れるように特別裁可を諮るからサインをくれ」と物々しい書類が送られてきた。言われた通りサインを送ると、ものの数日で社宅へ入れることになったのだ。

日系の駐在員をされていた方ならば『米国子会社サイドから見て、本社がたった数日で執行役員の判を押してくる』ということが、いかに日本企業では珍しいことかお分かりになるだろう。何らかの意思が背後になければ起こり得ない事だ。

しかも最初に紹介された物件を見てみると、どうも通常の国内勤務の人が入る社宅の平均家賃を1.5倍ほど上回る好条件のものばかりであった。これまで幾度となく筆者の嘆願を全否定してきた人事部の為す所業とは思えないほどの好待遇である。そも、経費削減が常態化し、更に中国は武漢から始まった例のウィルスによって財政が着々と悪化している弊社のなす事とは思えない。無論条件の良い物件を選び入居したわけだが、このあたりで妙な風向きを感じたものである。

 

他の課の重要そうなメールがBCCで入るようになる

筆者は日本にいた時は製品開発の部隊におり、帰国後も変わらず同じ部署に戻った。それはいいのだが、帰ってからというもの『他課の重要そうな案件のメールがBCCでちょくちょく入る』という現象が発生し始めた。しかもその多くは大体身に覚えのない物であり、例えば他課が担当する海外の重要顧客向けだったり、執行役員に何かを諮る根回しの依頼メールだったり、どうにも限られた人に宛てたような物ばかりなのだ。しかも技術営業の部隊からそういうメールが入るのはまだ理解できるが、完全な営業部から送られてくるのは意図が読めない。筆者の帰国時にどの課に戻るかについて、いくつかの課で揉めた話を小耳に挟んだが、恐らくその辺も関わっての事だろう。

ともあれいたずらに仕事を増やすつもりはないし、筆者にはひとつ考えがあるため何が送られてきてもひとまず静観しているが、やはり妙な風向きを感じずにはいられない。

 

ドイツ子会社への時期駐在の打診

正直、これはやはり来たかと言う感じではあったが、3年間のドイツ子会社への駐在の打診が帰国後すぐに出てきた。時期は来年頭からとの話だった。聞けば、現在事務所にいるベテランの駐在員2人を日本に帰国させ、代わりに筆者1人を送る計画らしい。

だが人づてに聞いた話によれば、その2人がいるにも拘らず現在その事務所はうまく回っておらず、文字通りてんてこ舞いという感じらしい。その状況をもってベテラン2人を帰らせてそれよりも若い1人送るというのは無謀でしかない気がするが、そういう常識的な考えはパートナーまで届かないらしい。恐らく、ベテラン駐在員2人分の給料を払ってもどうせ事務所が回らないのならば、そこそこ若手を1人送ってその辺の資金を浮かせてしまえ、という算段だろうか。逆転の発想とは恐ろしいものである。これに関しては、妙な風向きをとっくに飛び越えてただの安直の極みといった気もするが。

 

これらの妙な風向きに関しては、その形質は様々なれど『社内での評価が上がった』ために起きているという事が言えそうである。実際に過去に似たような境遇で駐在していた人に聞くとこれは『それなりにある話』らしい。直接海外顧客を相手にしていたわけだし、異文化への適応性やら英語力やらもそれなりにあるだろう、という想定がぼんやりとあるのだろう。本人からすれば、随分とありがた迷惑な話だが。

 

 

ちなみにこれらの現象は、実際にその駐在員の異文化理解力や英語力がどの程度なのか、ということについては関連がない場合が多いようだ。つまり、その人(この場合は筆者)が本当に優秀かどうかは問題ではないという事である。

そもそも、駐在員という人たちが一様に優秀かというとそんなことは無いだろう。特に英語力に関しては現地で色々と感じたことがあるため、この辺についてはまた記事をしたためたいところだ。

 

米国駐在者の帰国後あるある

 

既にミシガンから帰国して1週間以上が経過する。

現在の隔離状況もあり、ホテルと最寄りのコンビニ以外には殆どで歩けていないのだが、それでも米国と日本との大きな差には知らずと驚くものだ。

 

コンビニでカード使用の可否を尋ねてしまう

米国はクレジットカード大国である。どれだけ小規模な店舗だろうが額が小さかろうが、基本的にはカードが使える。従ってカードさえ持っていれば大体はどうにかなる。

ただその「アメリカはカード大国」という認識が強すぎたのか、いつの間にか「日本はクレジットカードがあまり使えない」などという認識が根付いてしまったらしい。よってコンビニで支払う際に、「このお店はカード使えますか?」などと聞いてしまった。

結果、アルバイトと思しき若い女性店員に「え…クレジットカード…ですよね?」と、怪訝な顔をされたことは言うまでもない。

 

コンビニで免許証を用意してしまう

米国でお酒を買うときは、基本的にIDを要求される。特に日本人は童顔に見えるので、40代や50代などでも普通に要求される。見た目で判断より規則としてやっているイメージかもしれない。そういうわけで、アルコールを購入するときは必ずIDを片手に並び、相手がバーコードをスキャンする際にノータイムで提示していた。

日本へ帰ってきてから、隔離の夜長にワイン片手に洋画でも見ようとコノスルを購入した時、IDを片手に今か今かと待機していたのだが、結局IDは要求されず肩透かしを食らった気分だった。

後で考えれば当たり前である。筆者はとても10代には見えない。

 

コンビニお菓子に感動

隔離生活中の楽しみと言えば食べることくらいであって、それにはお菓子も含まれる。米国滞在中はあまりお菓子を食さなかったものだが、ここ日本にくればどうか。コンビニに行っただけでも、充実したお菓子のラインナップには目を見張るものがある。しかもそのクオリティに反して非常に安い。

ちょっと過剰包装だけ気になるが、米国では考えられない事だ。

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フランス産発酵バター仕様で100円以下。狂っている。

 

コンビニおつまみに感動

お菓子もそうだが、おつまみのラインナップはもはや常軌を逸している。おつまみコーナーに所狭しと並ぶ粒ぞろいの猛者たちを前に、我々はどれを選ぶべきか逡巡せざるを得ない。やはり過剰包装はやや気になるが、米国では考えられない。

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煎餅の上にチーズとアーモンドを乗せる、という手間がかかってもこの価格である。狂っている。

 

つまり、全体的に日本のコンビニは狂っている。

 

帰国後14日間隔離で始める人生RTA【3日目】

 

中国の武漢に端を発し、爆発的な広がり方を見せるコロナウィルスの脅威を受け、ミシガンから帰国してから早3日目。

空港検疫にて無事陰性が確認された後、現在は会社手配のホテルで14日間の隔離生活に突入している。

bran-cpain.hatenablog.jp

海外の対象地域からの帰国者は、いわゆる濃厚接触者と同様の分類に該当する。

つまり帰国後は公共交通機関を使わずにホテルあるいは家まで移動し、その後14日間はそこから外出してはならない、という扱いである。

 

筆者が隔離されているのは会社が手配したホテルで、ここは公式に帰国者の受け入れをされている。通常の営業形態とはやや異なる形式を採用されており、ここそこに消毒液が配備されているなど対策をされているようである。フロントに何とはなしに聞いたところでは、やはり筆者以外にも結構な帰国者諸兄姉がおられるらしい。

 

部屋の掃除などはどうしているのだろうかと思っていたが、これは単純明快だった。帰国者の部屋については掃除用具を貸し出すので、自分自身で掃除をするという事だ。替えのタオル等は専用の回収所に出し、ゴミ出しについても同様。

確かに従業員の事を考えれば、それが現実的かつ最善の解だろう。宿泊当初は独房かと見紛うほどだった手狭な空間も、掃除の面を考えればむしろプラスだ。

 

 

ただ、問題は掃除やゴミ出しだけではない。

14日間の食事をどうするか、である。

 

 

さすがに14日間全く外出せずに断食というわけにもいかないし、結局隔離中も仕事をしているわけで、悲しいかないつも通り腹が減る。これに関しては検疫所からも「食事の買い出しなど最低限の外出は致し方ない」との説明があった。

ただ、最低限の外出と言ってもむやみやたらに出るわけにはいかない。自身の行動履歴(何日の何時頃、何分間ほどどこへ外出、などの覚書で、問い合わせがあった時のために必要。)をつけつつ、手早く済ませる必要がある。当然外出中はSocial Distancingを念頭に行動すべきだろう。日本では1mらしいが、筆者はミシガンで慣らした6フィート (約1.8m) を心がけている。

ここまで見ると、この隔離生活は米国ミシガンにいた際に経験したStay at Home Orderと極めて近い感覚である。あちらでも外出は最低限度にしていたし、掃除やゴミ出しはもちろん自分でやっていたし、Social Distancingは日本よりも厳格だった。更に言うと、あちらには14日間という期限はない。

 

 

ただ1点大きく違うのが、現在滞在しているのはホテルであって自宅ではない事だ。

つまり、自炊機能がほとんどない。

筆者からすると、これが極めて厄介である。

 

 

ホテルはもともとビュッフェスタイルの朝食付きだったようだが、現在はそれを取りやめて市販のパン類を自室へ持っていくスタイルになっている。帰国者はホテルのレストラン等は使えないため朝食はお預けかと思っていた矢先、この対応自体は大変ありがたい。

…ありがたいのだが、少々厄介なのがそのレパートリーである。一部おにぎり等もあるが数は限定的で、残りはこの手の菓子パンの類が大半を占めているのである。

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若い頃ならまだしも、今はちょっと抵抗がある。

恐らくは予算の問題で苦肉の策なのだろうし、配慮してもらっているんだから四の五の言うなという意見はもっともなのだが、実際問題これを14日間食べ続けるのはあまり気が進まない。若い頃ならばまだしも、年齢を考慮すると尚更である。

となると、ホテルからはインスタントの煎茶だけありがたくいただくことにして、昼食や夕食の買い出しとまとめて買いこんだ方が良さそうだ。一応徒歩圏内に2店舗だけコンビニがある。

 

というわけで1年以上ぶりにコンビニまでやってきたわけだが、これがなかなかどうして買い物が難しい。と言うより健康的な生活をと色々気にし始めると、買い物が全く進まないのである。日本にいた頃もあまりコンビニに行かない性質だったのもあるだろうが、14日間コンビニ食生活というのを些か甘く見すぎていたようだ。コンビニど素人にとってここで正しい買い物をするのは、想定をはるかに超えて困難だ。

 

 

 

先輩駐在員の中に、米国生活1年で16キロ増量された方がいた。聞けば、一度も自炊をされずすべて外食で済ませていたそうだ。しかも年長者から可愛がられるタイプの御仁だったためよくお酒のお誘いがあったそうだが、曰く一度も断らなかったそうだ。

彼の「駐在したのにお金は増えずにお腹だけ増えちゃったよハッハッハ。お腹育てたいんじゃなければ自炊した方がいいと思うよ。」との発言を踏まえ、米国では自炊メインに過ごし、結局帰国時に体重は1キロ減という体型維持ができた筆者ではあるが、この2週間でついに増加傾向へと転じそうだ。

 

 

今思えば彼の先輩駐在員は、米国生活を通じて最近流行の人生RTAに興じていたのではなかろうか。

であれば筆者も同様に元駐在者として、この隔離中はコンビニ食縛りという人生RTAに挑んでみるのも一興と捉えようか。

そう考えれば実に他愛もない。何せ2週間の期限付きだし、彼の所業に比べれば赤子の手をひねるようだろう。

 

 

追記

先ほどゴミを捨てに行った際、他の帰国者諸兄姉のゴミがちらりと見えたが、やはりというか誰もかれもが人生RTAコンビニ食縛り編に興じているようだ。ならば筆者もこの小波に乗るほかあるまい。