セルフ靴底補修(踵部分)のススメ 前編【サンスター技研 くつ底補修材】
人生におけるピンチとは、往々にして、突然訪れる。
たとえ入念にして十全たる準備をしていようとも、それは時として非情なほどに、我々を襲い来る。
あれはそう、外出を控えた休日のある朝。
何とはなしに、自宅の靴箱の扉を開けた時のこと。
もちろん筆者は知っている。
そこには見慣れた、茶靴と黒靴の並びが見える筈………
そう、このいつも通りの姿が……いやしかし…何か、違和感が……
いや!靴底が、削れているでは、ないかっ…!
左側の茶靴は問題ない。
すぐにでも着用に耐えうるコンディションである事が察せられる。
問題はこちらだ。
その靴底、踵部分。
これが極めて危険なレベルにまで、削れてしまっている。
靴底というのは、いかに頑強な素材を使おうともいずれは摩耗してしまう。それ自体は致し方がないことだ。
通常であれば、懇意にしている修理店へ前もって修理を依頼しておくところだ。
しかしことここに差し迫ってこの黒靴をこそ着用したい、というまさに今となってはその選択は不可能である。
さりとて、このままこの黒靴を着用して外出するという事を、そうそう安易に選択してよいものか…。
いや、冷静になって、まずは左を見てみよう。
頑強で知られるダイナイトソールといえど、複数回にわたる使用により、なかなかどうして摩耗が進行している。
これであればぎりぎり外出に耐えうるレベルかもしれないが、悪路を歩けば最悪の結果も考えられ、予断を許さない状況と言えるだろう。
次に右を見てみよう。
既に慧眼なる諸兄姉であればお気づきであろう。この右足の踵部分、その削れ具合は既に常軌を逸している。
これほどに摩耗が進んでいるのであれば、たとえ悪路でなかろうと、外出に用いるのは憚られる。
無理を押してこれを使用したならば、普段通りの歩行が困難なことは言うに及ばず、バランスを崩して転倒、或いは転倒せずとも衆目に恥ずべきその醜態を晒してしまうことは目に見えている。
しかし、外出は午後。
そして着用すべきはこの黒靴。残された時間はあまりに少ない。
ならば、どうすべきか?
もはや、彼に任せるほかあるまい。
ここで満を持して姿を現すは、気鋭の技術集団たるサンスター技研が誇る『くつ底補修材』である。
靴底の明日を憂う靴底フリークの諸兄姉に今さら説くまでもないだろうが、このくつ底補修材、使用方法は実に簡単である。
すり減っている部分に樹脂を盛り、熱で硬化させる。これのみである。
今回の場合、靴底はこのように斜めに摩耗している。
この部分に対して、クリアファイルを細長く切ったものを外周にあてがってやり、テープで接着する。
樹脂を盛らなくてよい部分も同様に、テープで養生してやる。
養生が済んだならば、そこへ向けて樹脂を盛っていく。
なお樹脂を盛る際は、できるだけ気泡や空洞を生じさせぬように行うと吉である。後から修正するのは至難の業であるからだ。
樹脂を持った後、ヘラ等で表面をならしてやると上記のようになる。
あとは熱を加えて硬化させるだけである。
公式HPや説明書によると、ドライヤーあるいは熱湯での硬化が推奨されているため、おそらくそれらの手法が最も安全であろうが、筆者の場合はこれを長年の相棒としている。
この補修材、カタログスペックとしては『5分で固まる』とあるが、この手のヒーターを用いた場合、1分とかからず硬化が完了するようだ。
硬化が完了すると、このようにマットな性状へと変貌を遂げる。
あとは養生テープを剥がしてやり、はみ出た樹脂部分をカットしてやれば、補修完了である。
これら一連の作業を両足とも実施してやるだけだ。
さすれば、このように成果を得ることができるであろう。
おわかりいただけただろうか。
筆者はこのようにして、去る休日の唯一にして最大のピンチを乗り切ったのである。
しかし靴底の明日を憂う靴底フリークの諸兄姉であれば当然ご存知であるだろうが、このような靴底補修材というのは、いくつかのメーカーから商品展開がなされている。
シューグー(SHOE GOO)、シューズドクター等はその代表格であり、まさに競合商品といったところだろう。むしろ、この『くつ底補修材』はこれら二者に比べると知名度は低いというのが正直な感想である。
更に悪いことに、単純な価格勝負を行った場合、正味の量も加味すれば『くつ底補修材』はかなり割高に感じられる。
しかしそれら欠点を考慮したとしてもこの『くつ底補修材』。
類似商品に比して明らかに秀でている。
その真因とは、一体何なのであろうか。
靴底の明日を憂う靴底フリークの諸兄姉であればご存知であろう。
しかし分かりきった事実を敢えて確認のために記すという行為も、たまには必要とされるであろう。故にこそ後編にて、秀逸であると賞賛すべき点を今一度、確認していこうではないか、と思いはしたのだが。
自作『風』手縫い腕時計用革ベルトの望まれぬ爆誕【CASSIS AVALLON+不必要なひと手間】
初回の更新とするには、あまりに誤解を招きかねないタイトルとなってしまったが、事実を有り体に書いた結果こうなってしまったのだから、これはもう致し方ないだろう。かねてより、辺境のブログとはこのようなものだ。
腕時計ベルトの明日を憂う腕時計ベルトフリークの諸兄姉に対し、今さらになって説く必要もないだろうが、腕時計用の革ベルトというのはとても心躍るものだ。
自らの嗜好に合わせ、色や形、素材や仕立てを選ぶ。純正のベルトの代替としてつけてやってもよし、もともとは金属ベルトのモデルに新たに付けてやってもよし。場合によっては複数用意し、気分で付け替えてやるのもまた乙なものだ。
我々が腕時計用のベルトを選ぶとき。
それは、人生において最も興奮する瞬間といっても過言ではないだろう。
その至福の瞬間を支えるべく、今日では様々なベルトメーカーが存在している。
代表的なところで言うと、MORELLATO、バンビ、ミモザ、CASSIS、松重商店、HIRSCH、Di-Modell、もう少し高価なところで言えばCAMILLE FOURNET、Jean Rousseau、JCペラン…と、まさしく枚挙にいとまがない。いずれのメーカーもそれぞれ持ち味があり、それぞれの特徴を把握して種々試すのも一興だ。
革ベルトの飽くなき探索へ旅立たれると、ほどなくして『オーダー』という選択肢を視野に入れ始める諸兄もおられるだろう。今日、既成のベルトも数多くのバリエーションがあるが、ステッチの色や仕立てにまで拘りだすとなかなか見つからないことがある。またラグ幅が奇数だったり、カルティエのように特殊サイズで造られているものなどは、通常のそれと比べて明らかに選択肢が減る。
オーダーにおいては、上記で言えばカミーユフォルネやジャンルソーが有名であろうか。筆者もその昔、後者にてオーダーした経験がある。決して安い対価ではなかったものの、自らの妄想を詰め込んだベルトが造れるとあらば、根強い需要があることもまたうなずける。
とはいえ所持するすべての時計に対し、有名メーカーのベルトをオーダーをするとなると、とたん金銭的な問題が生じてくる。富める諸兄ならばいざ知らず、筆者がそれを行えばベルト以外の全てが破綻していくのは火を見るよりも明らかだ。
ついては先日、現在所持している時計の替えベルトとして下記を購入した。
逼迫した金銭事情を踏まえ、CASSIS(カシス)のAVALLON(アバロン)を選択している。
もとから高コストパフォーマンスを誇るCASSIS社であるが、わけてもこのアバロンは安価な部類に属する。また単に安価なだけでなく、質感もなかなかどうして優秀なものである。牛革の型押しではあるものの、実用には充分すぎる出来である。
が、何をおいてもこのベルトを選んだ理由はまさにここに尽きる。
アリゲーターと型押しという素材の違いこそあれ、現在着用しているヴァシュロン純正のそれと比べ、色合いがかなり近い。
実はこのステッチの色こそが曲者で、既製品で探すと意外と見つからなかったのだ。そこへきて、このアバロンは軽々と合格点を飛び越している。
裏材には水に強いロリカを採用しているとのこと。
かねてから探していた替えのベルト。純正ベルトは痛みが気になりだしてきたところ、すぐにでも換装し、活躍してもらいたいところだ。
ただ、この時計は純正でいわゆる弓カン仕様のバネ棒を使っているので、現状のアビエ仕様(ワンタッチ仕様)のバネ棒ではいささか収まりが悪い。
元のバネ棒を使う場合、革の一部を切るなどして加工し、アビエ仕様のバネ棒を抜き取る必要がある。加工跡は強度が落ちそうであるが、樹脂で補強してやればそれほど問題にはならないはずだ。
……今になって思えば、バネ棒部分の加工のみを手早く行い、潔く換装するが吉、であったのかもしれない。
しかし邪な考えとは、かくも日常の隙をついて抜け目なく現れるものだ。ここでの邪な考えとは、すなわちこういうことである。
『このベルト、手縫い化できないか?』と。
腕時計ベルトの明日を憂う腕時計ベルトフリークの諸兄に対して解説をするのもおこがましいところではあるが、先の写真で見えるパトリモニーの純正ベルトは手縫いで仕立てられたものだ。穴は恐らく菱ギリかそれに類する器具で開けられたものと見受けられ、そのわずかに不揃いなステッチが、えもいわれぬ味を醸している。
再三申し上げている通り、カシスのベルトも価格から考えれば十二分に素晴らしい出来ある。しかし一度でもステッチを見比べてしまうと、その細く整然と揃ったミシンステッチから、なぜだか少しばかり事務的な寒々しさを感じずにはいられない。
奇しくも筆者、過去に時計ベルトの自作を試みたことがある。
ちょっとしたアクシデントがあり、途中で製作を中断してしまったものの、全くの経験無しというわけではない。
かつては完遂できなったが、しかし今回は以前とは違う。このベルトは既製品としてすでに完成しており、単に手縫いで縫い直せばよいだけの話なのだから。
作業としては実に単純で、もともとのミシンステッチを断ち切り、上からロー引き糸で縫い直せばよいだけだ。縫い目は通常の手縫いと逆になるが、大した問題ではないだろう。
レザークラフトにおいて、縫う時間というのは大勢を占めない。しかして、無理やりに手縫いを施されたカシス アバロン+αがほどなくして爆誕した。
手縫いの温かみを感じるステッチとなっただろうか。
確認してみる。
どう見ても縫い糸に対して穴が小さく窮屈そうではあるが、やはりミシン縫いと違って味が出たのではないだろうか。
この調子で、アビエ仕様のバネ棒部分も加工して一気に換装してみる。加工した跡は強度確保のため、樹脂で塞いだ。
バネ棒部分も加工も終わり、無事に完成。
これこそが 自作『風』手縫い腕時計用革ベルト である。
さて。
腕時計ベルトの明日を憂う腕時計ベルトフリークの諸兄に対して敢えてこれから述べるまでもないかもしれないが、ここで筆者はひとつの知見を得た事に感涙を禁じ得ない。
今回の自作『風』手縫い腕時計用革ベルト。
この目を疑うほどの出来を見るからして、やはり既成ベルトは既成品としてそのまま使うべきであるし、オーダーはその道のプロにお任せするのが無難だろう。
何はともあれCASSIS社には、この度の愚昧の極致たる所業、心よりお詫び申し上げたい。
Raretsu