世の中に数多くの博物館があることは浅学なる筆者も重々承知しており、そしてその多くは特色があり、それぞれ固有の価値を秘めていることも容易に予想がつく。が、筆者は浅学にして愚昧でもあるため、どうにも『特色が強そうに見える博物館』に安易に吸い寄せられる傾向がある。
そして今回吸引されてしまったのは、カナダはトロントに存在する『バータ靴博物館』である。
この博物館、その名の通り靴だけ展示をしているという、やや珍妙な展示形態でそこそこ有名らしい。
ちなみに事務所の同僚に尋ねたところ、
「知らない」
「何だそれ」
と大の評判であった。
それはそれとして『バータ』というのは、Bata Limitedなる企業の名である。同社は20か国余りに跨って展開し、従業員数3万人超のグローバル企業として知られる。
そしてここのオーナー夫人が、スイス系カナダ人にして無類の靴コレクターであり、その個人コレクションが増えすぎて家に入らないので公開しよう、となったそうである。
コレクション総数は13,000点を超えるそうだが、その中から1,000点ほどをコンセプトに合わせて展示しているようだ。展示していない残りの12,000足余はどこにあるのだろうか。
筆者も多少の革靴好きであるからして、いかんせんこのような珍物には食指を伸ばさずにはおられない。
ついては既に寒風吹きすさぶ11月のトロントにお伺いした次第である。
外観
エントランス
入場料は大人一人$14。博物館自体はさほど大きくないため、やや高額な印象はある。一方、毎週木曜日17時~20時は$5程度の寄付スタイルをとっているようだ。実質的に無料…とはいかないものの、お得な事には間違いないだろう。
休館日は殆どなく、わずかにクリスマス(12/25)とグッド・フライデー(4/10)のみである。また受付では展示に関するパンフレットがもらえる。
筆者来訪時には、
地下1階:All About Shoes (常設展) 、クローク
地上1階:受付とギフトショップ、All About Shoesの一部、イベントスペース
地上2階:Art and Innovation および The Gold Standard (いずれも2019年のテーマ展示)
地上3階:WANT (特別展)
となっていた。受付のナイスガイ曰く、地下から上へ巡っていくのが推奨ルートとのこと。期間限定だがイベントも種々行われているようであるから、ご所望の諸兄姉は事前にご検討してみてはいかがだろうか。
地下1階:All About Shoes
この博物館における常設展示にあたり、古今東西、世界各国の靴が展示されている。文化や宗教や地域、時代もまるで異なる靴が展示されており、4500年の時間を跨ぐ展示だという触れ込みである。
なるほどなるほど個人のコレクションと言うには明らかに常軌を逸したカバー量である事が伺える。
ちなみに筆者は利用していないが、地下1階にはクロークが備え付けられている。
完全に無人で鍵もなにもないのが多少気になったが、他の諸兄姉は皆気にせず使っていたようだ。あるいは入場料を高めに設定している分、治安が良いということなのかもしれない。
それと、クローク横には靴を試着できるエリアがある。娘さんを連れて来訪された諸兄姉にあっては、滞在時間を通常より長く見ておくと吉かもしれない。
地下1階からは中央から階段が伸びていて、そこから地上1階へ戻れる。
ちなみにその上にも、もう少し展示スペースがある。
地上2階:Art and InnovationおよびThe Gold Standard
いずれも2019年の企画展。
Art and Innovationは主に寒冷地に住まう諸兄姉の、機能的ながらデザイン性のあるシューズが展示されている。シューズだけでなく他の装いも一緒に展示されているので、これはこれでなかなか小気味よい。
The Gold Standardは、その名の通りゴールドつまり金をテーマにした展示らしい。
金塊で造られた靴、みたいなものもあるのかと下世話な想像をしていたが、歴史的あるいは宗教的に金がどのような位置づけだったのか、という解説があったりして、どちらかというここも学術的な側面が強い。
地上3階:WANT
こちらも2019年の企画展で、人々の欲求(WANT)がもたらした新たな靴時代の到来というコンセプトのようである。所謂不況の時代(世界恐慌)の話であり、20世紀のデザインを眺めることができる。
その他雑記
靴のみにフォーカスしたという点ではかなり奇特な博物館のように思えるが、やはり博物館らしく学術的な側面が強い。また収集したのがオーナー夫人であるため、全体的に女性の靴に関する展示が多いように感じた(特にWANT)。
もちろんそれはそれで大変有意義である。が、例えば単に靴の博物館と聞いて
グッドイヤーウェルトの成り立ちや構造が…
木型の作り方が…
マシンメイドの勃興期の逸話が…
等々の話が見られるのかな?と思われる諸兄姉に対しては、残念ながらNOと言わざるを得ない。そのあたりの事柄に関しては、この博物館はあまり適任ではないのである。
また、所謂ラグジュアリーブランドの靴がずらりと並んでいるわけでもないため、その手の眼福を求められている諸兄姉についても、それほどお勧めできるわけではない。ただ昨年はWANTの代わりにマノロ・ブラニク展をやっていたようなので、企画展の内容によっては高価な靴も見られるかもしれない。
ちなみにバータ『靴』博物館ではあるが、靴の購入はできないようだ。
1階受付の脇にこじんまりとしたギフトショップはあるものの、靴に関連したアート的な作品が殆どで靴そのものは置いていないのである。
ただ、STOLEN RICHES(ストーレンリッチズ)というカナダ企業の靴紐は置いてあった。
これがなかなかどうして非常に色鮮やかなもので、筆者も1本欲しくなった。ただ残念ながら手持ちの靴とは長さが大分合わず、すんでのところで踏みとどまってしまった。