筆者の勤務地は、筆者含め若干5名のみで構成される小規模な事務所である。
そして今朝、その頭数が4名となった。
筆者の隣のデスクの女性スタッフが、
レイオフ (Lay off)
されたのである。
情報化社会になって久しい今、ネットで米国におけるレイオフについて調べれば、有用なサイト群からすぐに下記のような情報を得ることができる。
・レイオフとは、業績悪化等を理由とした一時解雇のこと
・再雇用を前提としており、日本におけるリストラのイメージとは異なる
・米国においてはレイオフはかなり一般的に行われている
更にもう少し調べると、米国におけるレイオフとは
・基本的に当日言い渡されることが多い
・その場で段ボールを渡され、荷物をまとめて出ていくように言われるケースも
こういった類の情報を得る事ができる。
また、わざわざ調べなくとも、
「アメリカでそういうのがよくあることは知っているよ」
といった博識な諸兄姉もおられるのではないだろうか。
そも、浅学なる筆者ですらそういった事を風の噂で聞いたことがある。
ぼんやりとではあれ、そうした事前知識をもっていればいざそれを直視したとしても、
(なるほどそういうものか)
と冷静な瞳で認識できるのではないかと憶測していたが、今回に限ってはこれが、本当の意味で憶測であった。
何せその動きたるや、想像を遥かに超えるスピードだったのである。
具体的な流れはこうである。
AM 8:00頃 筆者を含めた全スタッフが事務所へ出勤
AM 8:45頃 見た事のない金髪女性が事務所に現れる
AM 8:55頃 隣の席の女性はその金髪の女性に別室へ呼ばれ、それ以外のスタッフはマネージャーの部屋へ集まるよう言われる。集まるや否や、「筆者の隣の女性のポジションは、先ほどEliminatedされた」との通達される
AM 9:00頃 顧客との電話会議があったため、筆者は一旦別部屋へ移動
AM 9:30頃 会議から戻ると、隣の席は既にもぬけの殻
後でマネージャーに個人的に訊ねてみたところ、
・当日の朝8時半、マネージャー宛に「本日、全社でレイオフを実施する。君の事務所からは一人選んでおいて」とのメールを受信
・金髪の女性は人事で、別の拠点から朝一で向かってきた
・今回のレイオフ後、当面は人員補充無し
という事だったらしい。
つまりメールがあった時間から逆算すると、
事はすべて1時間以内に済んだ
という事になる。社有車の返却もその間に完了したらしい。
確かに、ひとたびDr. Googleに訊ねれば、
・基本的に当日言い渡されることが多い
・その場で段ボールを渡され、荷物をまとめて出ていくように言われるケースも
という情報は得られる。
得られるが、しかしこれを初めて目の当たりにした時の印象は、想像以上に強烈であった。
直属の上司に話をして解雇を通達させる、という光景を見てふと想起したのは、
フレンズのシーズン1-16に出てくる、ニーナの解雇についてのやり取りである。
会社の業績悪化に対し、すべての部署において人員整理を行う必要があるという決定を受け、Chandlerの部署ではNinaが選ばれてしまうというシーンである。
劇中ではChandlerが
Dip his pen in the company ink
をしてしまい話がこじれ、最終的に
Never ever leave his hand on the desk
を身をもって経験して終わる、といういかにもシットコムらしい話で終わっている。
しかし残念ながら、今回筆者が目の当たりにしたのはシットコムではなかったわけだ。
しかもどうも彼女には段ボールすら無かったのか、いくつかの私物(主にグルテンフリーの間食たち)はデスクに残され、PCもつけっぱなし(後でマネージャーが消していた)だった。
ちなみにレイオフなのだから、先ほど軽く調べた通り
・再雇用を前提としており、日本におけるリストラのイメージとは異なる
わけであって、それほど悲観するべきではないだろう
…と思われるかもしれないが、近年米国で増えてきているのが
・レイオフとは名ばかりで、再雇用の約束のないただの解雇
だそうである。
そして今回のケース。
やはりというか…再雇用の約束は無かったようである。
また同時に驚いたのは、それを聞いた現地スタッフの反応である。
筆者は日本の職場においては、
やや、気持ち、そことはかとなく、人間関係に対してビジネスライクな、というかドライな感じ
だとしばしば評されていた。
つまり日本の基準で言うと、職場では大分冷たい人間に見られていたようだ。
そして、レイオフ対象の隣の席の女性とは別に仲が良かったわけでもない。
お互いがやっている仕事にもさほど関連はなく、筆者の言語能力の問題も多分にあり、その面で壁も当然あった。
しかしそれでも、ちょっとした仕事を頼んだり、あるいは逆に頼まれたり、スモールトークの中で妙なスラングを教わったり教えたり、
ちょっとアレなミシガンニュースを教えてもらったりしていた。
それこそ2週間ほど前、
事務所のメンバーでバースデーランチを御馳走したばかりだし、
最近引っ越したばかりでバタバタしているんだよねー、
12月には休暇をとってメキシコに行く予定なんだよねー、
だとか言っていたのを聞いた覚えもある。
その本人が、明日から突然いなくなる、というよりもう既にいない。
これはいかに冷たいだの冷血だのと評される筆者であっても、動揺しないと言えば嘘になる。
ところが周りのスタッフたちは、話を聞いた当初こそまあまあ驚いたような顔をしていたが、それこそ2時間も経てば
「お前この時計メーカー知ってるか?」
とメールでURLを送ってきたり、
「なんかこの辺に新しくコーヒー屋できたらしいよ」
cafe-immortelle.business.siteとまたURLを送ってきたり、
「ホワイトゴールドってイエローゴールドよりも値段高いよなあ。それでいて、本人にしかそのやばさがわからない感じ、最高にクールだよな~」
と絶賛業務に関係ない話を振ってきたりと、つまるところ完全に平常運転に戻っていたのである。(WGとYGとの間に価格差が存在する事と、その理由を把握している事に個人的に感動したが、それは別の機会に書くことにする)
挙句、ちょっと前までは神妙な面持ちで人事と話していたマネージャーも、昼頃になれば
「なんか今日随分疲れてるんじゃないか?何かあったか?」
と声をかけてくる始末である。いや何かあったってそりゃあったでしょ
別にマネージャーが悪いわけではないし、
筆者自身がレイオフされたわけでもない。
そして、筆者がこの件について何かできるというわけでもない。
ないが、しかし…と、この手の違和感を覚えてしまうのはやはり、日本に生まれた日本の筆者であるから、なのだろうか。
米国の職場では、
"Be friendly, but not be friends"
というスタンスが良い、と誰かに聞いたことがあるような気がする。
実際、そのワードで検索するとなんと5億件もヒットする。
結局のところ筆者の職場では皆、私情を挟んでいなかったという事かもしれない。案外、レイオフされた当人もさほど気にしていないのかもしれない。
仮にそうであれば、明らかに門外漢である筆者がとやかく言うことでもない。
ただ、明日から
ヒョウ柄のインナーに、ライダースジャケットを着て
これは”Business Casual”だ!
と言い張る姿が見られなくなるのは、少しだけ寂しい気もする。
Raretsu