それは、筆者がミシガンの支社に赴任する前の事であった。
それほど仲良くもない先輩社員から、下記のような非常にありがたい話を頂戴したのである。
「日本における働き方と、米国のそれを比べてみて、果たしてどちらがどの程度、どの様な面で優れているのか比較してみると、貴殿にとって良いだろう。日本が優れている点もあろうし、米国が勝る点も当然あるだろう。そして帰任した暁にそれら双方の視点を持って事にあたったならば、貴殿は恐らく目くるめく…」
この御仁は話が長いことで有名であり、従って忍耐力のない筆者は聞き流しており詳細は覚えていないが、とにかく米国と日本との働き方を比べてみろということである。
この指摘を下さった御仁が、これから筆者の置かれる環境についてどの程度御存知であったかは不明である。
しかしこれは、筆者に対する忠告として実に適切であったと感じる。
というのも筆者のいる会社では、米国だけでなく各国様々な拠点い駐在員を送り込んでいる。ところが、日本人が一人だけしかいないという拠点はごく少数で、だいたいは複数の日本人スタッフが駐在しているのである。
そして聞くところによれば、海外に赴任した日本人従業員というのは、周りに日本人がいると日本人同士でコミュニティを形成するきらいが多分にあるそうだ。
これはより平易な表現に変換すると、
海外に行っても日本人同士で固まってしまう
ということらしい。
これが発生する要因はいくつか挙げられるであろうが、主に語学の壁が大きいのではないか、とは憶測している。その側面については今後また触れていきたい。
ともあれそこへきて、筆者の赴任先における日本人は筆者のみである。
そしてこの筆者は日本で生まれ日本で育ち、極めて封建的な日本企業に就職した生粋の日本人であり、おまけに理系の学部および専攻を出ているという、その非グローバル性とでも言おうか、あるいはドメスティックさというか、その凝り固まった度合たるやまさしくトリプル役満級とでも言おうか、ともかく驚嘆すべき次元にあると言っていい。
加えて言えば、他のメンバーも出身国がバラバラという興味深い構成である。
極めて日本的な筆者がこの環境において感じる事とは、働き方の比較という点を鑑みれば、そこそこ面白い側面を持つのではないか、と憶測が止まらないのも想像に難くはあるまい。
そこで今回はそのそこそこ面白い側面を求めて、まずは皮切りとして彼らの勤務時間へのスタンスについて、筆者の経験談をベースに垂れ流していきたいと愚考する。
基本的な勤務時間の考え方
筆者の場合、奇遇なことに日本の本社もミシガンの支社も、始業時間と終業時間はほぼ同じ8時~5時である。日本の場合は事業所によって多少異なったりもするが、大まかには同じと断言してしまっても良かろうかと考える。
しかしご多分に漏れずというか、筆者の会社の場合は基本的に残業が前提である。
どのくらい残るかは部署にもよるが、多くの従業員は少なくとも2時間以上は残っているように見受けられる。逆に、例えば定時でさっぱり仕事を止め、全員が帰宅する部署などの存在は寡聞にして筆者は存じ上げない。
言い換えれば、どこも残業が常態化していると言えるだろう。
昨今持て囃されるはたらき方改革等の流れもあり、定時帰宅日などの設定もあったりする。
が、たとえ定時帰宅日として5時に帰れとチャイムが流れて指示があっても、5時になるやいなや一挙動に片付けして席を立つ、という人はかなり少数派である。
一方米国はミシガンの支社はと言うと、いくつかの例外を除きいずれのスタッフも基本的に5時に帰宅する。
5時にチャイムが鳴るわけでもなく、定時退勤日が設定されているわけでもないが、5時になるやいなやいずれのスタッフもそれを察知し、速やかに席を立つわけである。
これを日本風に言い換えるならば、定時帰宅が常態化してしまっているのである。
何やら字面がおかしい気もするが、実際その通りなのだから仕方がない。
ついでとばかりに付け加えておくと、定時出勤しているかどうかは人による。
『8時出勤なのだから7時55分には席にいる事。これは社会人の常識。』
といった類の観念を嘲笑うかのように、会社が8時出勤と定めていても8時半に来る人はいる。しかしそうした人を咎める空気は特に感じられない。
一方で逆に7時とか6時とかに来ている人もいるが、その人らに対して褒めたたえるような空気も特に感じられない。
どうも、『その人の仕事がそれで回るならば別にいいのでは?』といった意識らしく、正確な時間にはあまり頓着しないようである。
日本においては下記のようなトラブルもあるようであるから、勤務時間に対するこの温度差の対比は何やら興味深い。
とはいえ、これらの状況は筆者のいる事務所だけが特殊なのでは、という指摘もあろう。実際、その可能性は十分にあり得る。
あるいは筆者の事務所だけとは言わずとも、例えばこの業界はそうだがあの業界では異なる、という事も十二分に考えられる。
ところで幸か不幸か、筆者のいる事務所はとあるビルの一角に属しており、同じビル内には他の会社が大体40社~50社ほど入っている。
これらはいずれも小規模な事務所ばかりではあるものの、筆者が調べた限りでは
不動産鑑定士、ソフトウェアメーカー、鍛造部品メーカー、在宅医療サービス、法律事務所、不動産管理、リフォーム業者、オフィス機器メーカー、公認会計士、投資銀行、
米海兵隊関連らしいがよくわからない事務所、実態不明の協会、そこはかとなく怪しげなNPO法人
といった具合に、多岐にわたる業種の事務所が入っているようであった。
そしてこれらの企業に勤める人々は皆々、ビルに併設された共用の駐車場を用いる。
であるならば、
日中の駐車場の一角と、5時過ぎの同じ一角を見比べることにより、大体の傾向がつかめるのではないか
と、学の足りない筆者は愚考するに至った。
そして以下がその比較である。
無論、この二枚の写真のみで
『やはり米国人は、絶対に、5時に、帰るのだ。』
と断言するつもりは毛頭ない。
ないが、そもそも5時を過ぎると消灯された事務所が散見されるという事も事実である。
よって筆者の務める支社が所在するビルに入っている企業に限って言えば、
5時頃に帰宅を試みる従業員が多い傾向にある
という事は言えるのではないか、と愚考する。
一方で、5時に帰らない場合、つまり例外というのもいくつか存在する。
筆者の知る限り、その例外というのは下記の4種類くらいに分類されるような気がしている。
例外1: 管理職、あるいは会議の都合
筆者の事務所でも管理職、すなわちマネージャーは定時きっかりに帰らない事がしばしばある。
例えば定時が5時のところ、5時半ないし6時とかまで残っている場合がある。
更に、米国支社のCEOが事務所を訪れた事が何度かあったが、彼は連日おおよそ7時頃まで仕事をしていたようだった。
朝が遅いわけでもなかったため、上役だけあって業務負荷が集中しているのか、或いは純粋に仕事が好きなのかもしれない。
また稀に管理職の多忙さゆえか、稀に会議が定時以降に設定される場合がある。
その会議に同席する必要があったりすると、一般社員であっても残る場合があるようだ。
ただし残業するとはいっても、大体7時半くらいには皆帰宅する印象である。
実際、夜8時頃の駐車場の様子は以下のようである。
なおこの例外1は、退勤が5時よりも遅くなる唯一のパターンでもある。
つまり、他の例外はいずれも退勤が5時よりも早くなるパターンという事になる。
例外2: そもそも出勤が早い場合
8時始業のところ7時、あるいは6時くらいから仕事を始めている人というのが、意外にそこそこいる。
そうした場合、早く来た分早く帰る、というのが普通に行われている。このあたりの裁量は各個人に委ねられているようだ。またぞろ、『仕事が終わっているなら別にいいんじゃないの』というスタンスの再来である。
例えば7時に出勤して4時に帰ったとして、それが上司に認識されていれば特に頓着されないようである。
例外3: ロングウィークエンドの前日
その週の金曜日、あるいは次の週の月曜日が祝日となる場合、土日と合わせて3連休以上が確定する。
そういった長めの週末をロングウィークエンドと呼称しているようで、どうやら米国人はこれをこよなく愛している。どれくらい愛しているか、についてはいずれ別記事で言及したい。
そうしたロングウィークエンドの前日は、何故やら『早めに帰って良し』という風潮が (少なくとも筆者の周りでは) あるようだ。
例えば金曜日が休みで金・土・日でロングウィークエンドが創製された場合、
木曜日の2時頃に人事部から
『明日からロングウィークエンド!今日は3時を目安に退勤すること』
といった趣旨の怪メール(※筆者視点)が飛び回ったり、
或いはマネージャーが
『ロングウィークエンドだから、今日は2時過ぎ退勤目標で』
と意味不明な通達(※筆者視点)を伝えに来たりする。
よってロングウィークエンドの前は、通常の5時よりもさらに早い時間で退勤することが多いわけである。
こんな状況であるからして、ミシガンにきて来て初めてのロングウィークエンド時に
「日本の場合、ロングウィークエンドの前の日は長めに残って仕事を片付けてから帰る場合の方が多いのだが」
といった趣旨のコメントをしたところ、
何かこの世のものではないものを見るような瞳で眺められた
事は言うまでもない。
例外4: マネージャー不在時
これこそ筆者の事務所に限る話かもしれないが、マネージャーが長期出張や休暇で不在の日は、定時の5時より早く帰る従業員が増える傾向がある。
早く帰るにもちゃんと理由があるようで、下記のような理由を設定しているのを見たことがある。
「アポがあるからね」(※もちろん仕事上のアポではない)
「引っ越しの準備がね」
「うちの犬がね」
他にも理由はあるが、大体3時を過ぎた頃に勃発し始める印象である。
さて、以上幾つかの例外も含めて愚考してみたわけだが、
全体的な傾向として考えられ得るのは
・基本的に定時出勤&定時退勤。ただしある程度自由度がある
・定時退勤しない場合もあるが、残業ではなくむしろ勤務時間が短くなる傾向
・いずれにしても、深夜まで残る人は極めて少数派
というものではなかろうか、と見識の狭い筆者が憶測を立てているわけである。
筆者の務めていた日本本社との対比を考えるに、この差は大きいように感じる。
そしてそんな憶測を立ててしまう筆者が次に気になって仕方がないことといえば、
この違いが、どのような利点および欠点を生むことが憶測されるか
という点である。
これについては、今後いくつかの視点について更に憶測を積み重ねたその上に、砂上の楼閣とも思しき真なる憶測を築くことで到達したい、と愚考しているところである。
ところで本記事を翻って考えるに、例外がもう一つあったことを思い出してしまった。
しかもこれは例外1と同じように、いやそれよりも更に勤務時間が伸びるタイプのものだ。
幸い非常に理解しやすい例外のため、簡単に一行で追加しておく。
例外5: 日本人駐在員
Raretsu