モノ魔リスト

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必要ではない。だがよく考えてみると、たしかに必要ではないようだが愛すべきモノたち。

米国駐在員の英語力を数値化する

 

神話

『1年も英語圏に住んでいれば、英語がペラペラになる』

 

とかいうふざけた神話を未だに信じている人は、流石にこの2020年にはいないだろう。

しかし、

 

日系企業の駐在員として、米国で6年間働いていました(自信に満ちた顔)

 

という人がいたら、「この人はきっとペラペラだ」と思う方は未だにおられるのではないだろうか。これはつまり、「仕事で英語を使っているわけだし、それを6年間も続けていたならば、さぞ上達していることだろう」という安易な想像に基づくものだ。

これについて筆者の見解を述べるならば、これは

先の神話を上回るほど、大変にたわけた神話

である。

 

確かに、6年間駐在をしていて、尚且つ英語が堪能な駐在員というのは一定数存在する。しかし、それは「もともと幼少期に語学習得をする機会があったり、自発的に語学習得の努力を欠かさなかった人」に限る。

 

つまり言いたいのは、「6年間英語圏で英語を使って仕事をしていただけ」では、英語力の向上は大して見込めないということである。

 

そして何故この神話を大変たわけたと形容しているかと言えば、これは周りが「あの人は駐在していたから英語ができるだろう」と思うだけではなく、その駐在員自身も「私は英語ができる」と勘違いしてしまう節が多分にあるからである。まあ、仮にも数年間現地で英語を使って仕事をしていた、という認識があるわけだから無理もないかもしれないが。

そういう悲しい勘違いを起こしてしまう点では、非常に罪深いといってもいい。

 

駐在員のTOEICスコア

悲しい事に、弊社には

「何年間も現地で仕事をしていたのだから、私は英語ができる」

と短絡的な勘違いをしてしまっている駐在員がかなりおられるのだが、彼らには不思議な共通点がある。

それは、本人の自信とは不釣り合いにTOEICのスコアが低いという事である。

 

弊社では定期的にTOEIC IPを受講させられるので、定期的に自身の新しいスコアを確認することができる。そのスコアは本人の社内情報と紐づけされているらしく、マネージャー以上は閲覧できる。

 

筆者が駐在のため渡米した当初、現地でお会いした先輩駐在員の方からTOEICが随分高いね」という驚かれた記憶が何度かある。当時の筆者のスコアは800ちょっとという非常に微妙な点数だったので、逆に少し驚いた記憶がある。これくらいのスコアの人は国内にもごろごろいるし、ましてや駐在員が話題にするほど高いスコアとは思えないからである。

 

そこで気になって少し調べてみたところ、どうやら弊社駐在員のTOEICスコアはだいたい500~600程度が大勢を占めているらしいことが判った。中には400代がちらほらいたほどだ。これはちょっと異常とも思える得点分布である。更には、EU諸国に駐在し英語を使うメンバーも似たような状況であった。くどいようだが、これはリスニング単独のスコアではなく合計スコアである。

ちなみに過去には満点近い人が2名ほどいたようだが、そのどちらも既に転職済みだった。

 

TOEICスコアが低い駐在員の言い分

そして筆者からしてこの得点分布以上に奇妙に思えたのが、

TOEICでは英語力は測れない」

TOEICに意味はない」

「スコアが低くたって英語力あるし」

という御仁がいかに多くおられたか、という事である。

 

確かにTOEICには種々指摘すべき点があり、完璧なテストとは全く言い難い。というより、完璧なテストなど存在し得ないと言った方が正しいか。

また、筆者はそもそもペーパーテストというものが大嫌いなので、ご多分に漏れずTOEICも嫌いである。社内TOEIC何かと理由をつけてサボっていた事が数度あるほどだ。

 

ただ、TOEICという極めてプレーンで平易な英語が展開されるテストにおいて、スコアが500だか600とかしか出ないということならば、少なくともその人は

英語をちゃんと聞けていないし、理解できてもいない

ということは明白である。

 

ネイティブスピーカーが受験すると大体950点前後は出てくるものと聞くし、英語力の高い人が受ければちゃんと高得点が出るテストなのである。そこへきて500点だの600点だのよくわからない点数を取ってしまうということは、少なくともどこかしらに問題があるということに他ならない。

 

TOEICスコアが低い駐在員の特徴

・自発的な英語の勉強は行っていない

・非常にブロークンな英語をお喋りになられる

・相手に対して聞き返しをしない

彼らの特徴は、筆者の知る限りでは恐らくこの3点に尽きる。

 

この際、自発的な語学習得はしていないという点は、今更指摘するまでもないだろう。大体は日常会話本を購入して何となくやっていたり、週に2回英会話をやっていたりという程度の、自発的な学習とは言えないレベルにとどまっている。

※ここでいう”自発的な学習”は、森沢洋介氏著の英語上達完全マップに記されているような、体系的かつ数年単位で継続される学習を指す。

彼らに共通しているのは「日常生活で英語を使っているんだから十分だろう」というスタンスである。

当然、これでは何年いようと英語が使えるようにはならない。

 

ブロークンな英語を話すことについても、今更疑義はない。発音や流暢さは言うに及ばず、文法についても学生時代の朧げな遺産を活用していると思われるので、自然とそういう喋り方になるわけである。

 

最後は筆者の体感ベースではあるが、F2Fでも電話会議でも、彼らは顧客と会話をしている際、滅多に聞き返しをしないように感じる。

筆者などはこれの正反対で、未だに聞き返しや確認をやりがちなので、「聞き返さずに一回ですべて理解できるとは、何と有能な事か」と嘆息していたものだが、そもそもTOEICのリスニングが理解できてないという前提が分かってしまえばその印象は変わる。現地の英語圏のネイティブですらしばしば聞き返しをすることを併せ考えれば、もはや答を出すまでもなかろうが。

要するに「出てきた単語をざっと聞いた感じ、相手はこういうことを言いたいのだろうな」という、事前の予測とか雰囲気に頼って相手の話を聞いているということである。仕事の場合は特にそうで、だいたいが特定の領域で限られた話題しか展開されないことが多く、実際この”雰囲気聞き”でもなんとかなってしまうということだ。

※ただ、これについては筆者もあまり人の事は言えない。顧客のエンジニアが商談の最中、何故か自分の趣味のヴィンテージカー集めについてGeekな話を始めた時は、かなりの部分が理解できなかった。事前の話題共有が全くできていないからであり、ということはつまり筆者自身も”雰囲気聞き”をしてしまっていたということである。ここについては猛省せねばなるまい。

 

TOEICで数値化することの意義

件の、TOEICなど意味がないと主張する先輩駐在員に対し、

「確かにTOEICでは英語力を測れませんな。が、例えばリスニングに関しては、どの程度聞けているかを客観的に見られるのでは?そういう点で、TOEICも多少は参考になるのではなかろうか?」

と遠回しに意見したところ、

「あろうことか駐在員に対して、TOEICのスコアなどという薄っぺらい話をするだと?笑われるぞ、お主。」

といった回答が返ってきた。その言い方の妙な語気の強さに違和感を覚えたものだが、後で人づてに彼のスコアが400代らしいと聞いた後に納得した。彼に関しては、TOEICに対して憎悪すら抱いているように見えた。

 

そこまで行ってしまうともはや後戻りできないかもしれないが、そうでなければ「時たまTOEICのような試験を受けて、客観的な分析ツールとして使ってみる」というスタンスくらいがいい塩梅なように思える。

先に挙げた森沢氏著の英語上達完全マップでも、「900点くらいまでは結構客観的に評価できるテスト」といったような記述があった。実際に筆者の場合、英語の勉強を続けている最中にふとTOEICを受けてみると、いつの間にやら900点を超えていたという感じであった。もちろんTOEICの対策などしたことはない(多分やっても5分と持たないだろうが)。

ある程度英語力が上がれば、点数も勝手についてくるように作られたテストということだろうから、ペースメーカーのような意識で受けてみる意義はあると感じる。

 

補足

意図したわけではないが、何やら弊社の駐在員の悪口ばかり書いてしまったように思うので、ひとつだけフォローをしておくことにする。

今回の話は駐在員の「英語力」にのみフォーカスした話で、普通に駐在しているだけでは英語力の向上は見込めないという結論に結び付けた。ゆえに自発的に英語の勉強をしない限り駐在員の英語力は大して伸びないのだが、よく言われる通り英語が出来る事と仕事ができることはイコールではない。

 

特に海外駐在員の場合、本人のメンタルの強さやマネジメントの出来が買われて駐在を打診された場合も多い。更に言うと、筆者の交流範囲で見る限りでは「英語が下手な駐在員であればあるほど、やけにメンタルが強い」ような気はする。

 

駐在員は大体において、本社の意向と現地スタッフの意見の板挟みになる事が一種仕事のようなところがある。よって駐在員の適正として見るならば、メンタルの強さは英語力よりも重要である。以前に役員の誰かが「海外に放っておいても死にそうにない奴を駐在員として送る」とうそぶいていたので、そもそも語学力などハナから期待していないということかもしれない。

 

そういう意味では、英語がいくら下手でも気にしないメンタルの持ち主が選ばれていると言っても過言ではないわけで、ならばこの大変たわけた罪深い神話が成り立つ構図にも溜飲が下がるというものかもしれない。

 

 

ちなみに、先に述べたTOEICも高く駐在員としても出来たらしい2名は、何故か帰国後すぐに、ベース給料の高い会社へ転職していった。一方で、ブロークンな英語を話す駐在員たちはいずれも居残っている。

こと弊社の状況を見るに、自らの能力を客観視できるかどうかというのは、人生に無視できない差異をもたらすようだ。

 

米国駐在者が帰国後に感じた変化

 

気づけばミシガンから帰国して2カ月以上、隔離期間を経て日本の職場に復帰してから数えても1カ月以上が経過した。

 

海外子会社から日本の親会社に帰ってくるとなると、勤務地や同僚などの周りの状況から事内容に至るまで、すべてがドラスティックに変化する事になる。それはあらかじめ予想していたのだが、しかし実際に返ってきてみるとそれ以外にも様々な変化があった。しかもそれらの変化がどうにも妙な風向きが多いもので、記録がてら羅列しておくことにしてみる。

 

帰国直前からの唐突かつスムーズな社宅入り

実は帰国2カ月前までは、(恐らくは経費の関係で)借り上げ社宅へは入れないとの通達を受けていた。筆者の場合、この社宅に入ることができなければ、自分で家を借りたとしても家賃補助は出ず、すべて自費で賄わなければならない。他の似たような境遇の駐在員は普通にその社宅に入れるのに、である。この点については過去何度か抗議したが、奇天烈な社内規定を盾にすべて却下されていた。

ところが帰国1カ月前になって、直属の上司より突然「社宅に入れるように特別裁可を諮るからサインをくれ」と物々しい書類が送られてきた。言われた通りサインを送ると、ものの数日で社宅へ入れることになったのだ。

日系の駐在員をされていた方ならば『米国子会社サイドから見て、本社がたった数日で執行役員の判を押してくる』ということが、いかに日本企業では珍しいことかお分かりになるだろう。何らかの意思が背後になければ起こり得ない事だ。

しかも最初に紹介された物件を見てみると、どうも通常の国内勤務の人が入る社宅の平均家賃を1.5倍ほど上回る好条件のものばかりであった。これまで幾度となく筆者の嘆願を全否定してきた人事部の為す所業とは思えないほどの好待遇である。そも、経費削減が常態化し、更に中国は武漢から始まった例のウィルスによって財政が着々と悪化している弊社のなす事とは思えない。無論条件の良い物件を選び入居したわけだが、このあたりで妙な風向きを感じたものである。

 

他の課の重要そうなメールがBCCで入るようになる

筆者は日本にいた時は製品開発の部隊におり、帰国後も変わらず同じ部署に戻った。それはいいのだが、帰ってからというもの『他課の重要そうな案件のメールがBCCでちょくちょく入る』という現象が発生し始めた。しかもその多くは大体身に覚えのない物であり、例えば他課が担当する海外の重要顧客向けだったり、執行役員に何かを諮る根回しの依頼メールだったり、どうにも限られた人に宛てたような物ばかりなのだ。しかも技術営業の部隊からそういうメールが入るのはまだ理解できるが、完全な営業部から送られてくるのは意図が読めない。筆者の帰国時にどの課に戻るかについて、いくつかの課で揉めた話を小耳に挟んだが、恐らくその辺も関わっての事だろう。

ともあれいたずらに仕事を増やすつもりはないし、筆者にはひとつ考えがあるため何が送られてきてもひとまず静観しているが、やはり妙な風向きを感じずにはいられない。

 

ドイツ子会社への時期駐在の打診

正直、これはやはり来たかと言う感じではあったが、3年間のドイツ子会社への駐在の打診が帰国後すぐに出てきた。時期は来年頭からとの話だった。聞けば、現在事務所にいるベテランの駐在員2人を日本に帰国させ、代わりに筆者1人を送る計画らしい。

だが人づてに聞いた話によれば、その2人がいるにも拘らず現在その事務所はうまく回っておらず、文字通りてんてこ舞いという感じらしい。その状況をもってベテラン2人を帰らせてそれよりも若い1人送るというのは無謀でしかない気がするが、そういう常識的な考えはパートナーまで届かないらしい。恐らく、ベテラン駐在員2人分の給料を払ってもどうせ事務所が回らないのならば、そこそこ若手を1人送ってその辺の資金を浮かせてしまえ、という算段だろうか。逆転の発想とは恐ろしいものである。これに関しては、妙な風向きをとっくに飛び越えてただの安直の極みといった気もするが。

 

これらの妙な風向きに関しては、その形質は様々なれど『社内での評価が上がった』ために起きているという事が言えそうである。実際に過去に似たような境遇で駐在していた人に聞くとこれは『それなりにある話』らしい。直接海外顧客を相手にしていたわけだし、異文化への適応性やら英語力やらもそれなりにあるだろう、という想定がぼんやりとあるのだろう。本人からすれば、随分とありがた迷惑な話だが。

 

 

ちなみにこれらの現象は、実際にその駐在員の異文化理解力や英語力がどの程度なのか、ということについては関連がない場合が多いようだ。つまり、その人(この場合は筆者)が本当に優秀かどうかは問題ではないという事である。

そもそも、駐在員という人たちが一様に優秀かというとそんなことは無いだろう。特に英語力に関しては現地で色々と感じたことがあるため、この辺についてはまた記事をしたためたいところだ。

 

米国駐在者の帰国後あるある

 

既にミシガンから帰国して1週間以上が経過する。

現在の隔離状況もあり、ホテルと最寄りのコンビニ以外には殆どで歩けていないのだが、それでも米国と日本との大きな差には知らずと驚くものだ。

 

コンビニでカード使用の可否を尋ねてしまう

米国はクレジットカード大国である。どれだけ小規模な店舗だろうが額が小さかろうが、基本的にはカードが使える。従ってカードさえ持っていれば大体はどうにかなる。

ただその「アメリカはカード大国」という認識が強すぎたのか、いつの間にか「日本はクレジットカードがあまり使えない」などという認識が根付いてしまったらしい。よってコンビニで支払う際に、「このお店はカード使えますか?」などと聞いてしまった。

結果、アルバイトと思しき若い女性店員に「え…クレジットカード…ですよね?」と、怪訝な顔をされたことは言うまでもない。

 

コンビニで免許証を用意してしまう

米国でお酒を買うときは、基本的にIDを要求される。特に日本人は童顔に見えるので、40代や50代などでも普通に要求される。見た目で判断より規則としてやっているイメージかもしれない。そういうわけで、アルコールを購入するときは必ずIDを片手に並び、相手がバーコードをスキャンする際にノータイムで提示していた。

日本へ帰ってきてから、隔離の夜長にワイン片手に洋画でも見ようとコノスルを購入した時、IDを片手に今か今かと待機していたのだが、結局IDは要求されず肩透かしを食らった気分だった。

後で考えれば当たり前である。筆者はとても10代には見えない。

 

コンビニお菓子に感動

隔離生活中の楽しみと言えば食べることくらいであって、それにはお菓子も含まれる。米国滞在中はあまりお菓子を食さなかったものだが、ここ日本にくればどうか。コンビニに行っただけでも、充実したお菓子のラインナップには目を見張るものがある。しかもそのクオリティに反して非常に安い。

ちょっと過剰包装だけ気になるが、米国では考えられない事だ。

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フランス産発酵バター仕様で100円以下。狂っている。

 

コンビニおつまみに感動

お菓子もそうだが、おつまみのラインナップはもはや常軌を逸している。おつまみコーナーに所狭しと並ぶ粒ぞろいの猛者たちを前に、我々はどれを選ぶべきか逡巡せざるを得ない。やはり過剰包装はやや気になるが、米国では考えられない。

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煎餅の上にチーズとアーモンドを乗せる、という手間がかかってもこの価格である。狂っている。

 

つまり、全体的に日本のコンビニは狂っている。

 

帰国後14日間隔離で始める人生RTA【3日目】

 

中国の武漢に端を発し、爆発的な広がり方を見せるコロナウィルスの脅威を受け、ミシガンから帰国してから早3日目。

空港検疫にて無事陰性が確認された後、現在は会社手配のホテルで14日間の隔離生活に突入している。

bran-cpain.hatenablog.jp

海外の対象地域からの帰国者は、いわゆる濃厚接触者と同様の分類に該当する。

つまり帰国後は公共交通機関を使わずにホテルあるいは家まで移動し、その後14日間はそこから外出してはならない、という扱いである。

 

筆者が隔離されているのは会社が手配したホテルで、ここは公式に帰国者の受け入れをされている。通常の営業形態とはやや異なる形式を採用されており、ここそこに消毒液が配備されているなど対策をされているようである。フロントに何とはなしに聞いたところでは、やはり筆者以外にも結構な帰国者諸兄姉がおられるらしい。

 

部屋の掃除などはどうしているのだろうかと思っていたが、これは単純明快だった。帰国者の部屋については掃除用具を貸し出すので、自分自身で掃除をするという事だ。替えのタオル等は専用の回収所に出し、ゴミ出しについても同様。

確かに従業員の事を考えれば、それが現実的かつ最善の解だろう。宿泊当初は独房かと見紛うほどだった手狭な空間も、掃除の面を考えればむしろプラスだ。

 

 

ただ、問題は掃除やゴミ出しだけではない。

14日間の食事をどうするか、である。

 

 

さすがに14日間全く外出せずに断食というわけにもいかないし、結局隔離中も仕事をしているわけで、悲しいかないつも通り腹が減る。これに関しては検疫所からも「食事の買い出しなど最低限の外出は致し方ない」との説明があった。

ただ、最低限の外出と言ってもむやみやたらに出るわけにはいかない。自身の行動履歴(何日の何時頃、何分間ほどどこへ外出、などの覚書で、問い合わせがあった時のために必要。)をつけつつ、手早く済ませる必要がある。当然外出中はSocial Distancingを念頭に行動すべきだろう。日本では1mらしいが、筆者はミシガンで慣らした6フィート (約1.8m) を心がけている。

ここまで見ると、この隔離生活は米国ミシガンにいた際に経験したStay at Home Orderと極めて近い感覚である。あちらでも外出は最低限度にしていたし、掃除やゴミ出しはもちろん自分でやっていたし、Social Distancingは日本よりも厳格だった。更に言うと、あちらには14日間という期限はない。

 

 

ただ1点大きく違うのが、現在滞在しているのはホテルであって自宅ではない事だ。

つまり、自炊機能がほとんどない。

筆者からすると、これが極めて厄介である。

 

 

ホテルはもともとビュッフェスタイルの朝食付きだったようだが、現在はそれを取りやめて市販のパン類を自室へ持っていくスタイルになっている。帰国者はホテルのレストラン等は使えないため朝食はお預けかと思っていた矢先、この対応自体は大変ありがたい。

…ありがたいのだが、少々厄介なのがそのレパートリーである。一部おにぎり等もあるが数は限定的で、残りはこの手の菓子パンの類が大半を占めているのである。

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若い頃ならまだしも、今はちょっと抵抗がある。

恐らくは予算の問題で苦肉の策なのだろうし、配慮してもらっているんだから四の五の言うなという意見はもっともなのだが、実際問題これを14日間食べ続けるのはあまり気が進まない。若い頃ならばまだしも、年齢を考慮すると尚更である。

となると、ホテルからはインスタントの煎茶だけありがたくいただくことにして、昼食や夕食の買い出しとまとめて買いこんだ方が良さそうだ。一応徒歩圏内に2店舗だけコンビニがある。

 

というわけで1年以上ぶりにコンビニまでやってきたわけだが、これがなかなかどうして買い物が難しい。と言うより健康的な生活をと色々気にし始めると、買い物が全く進まないのである。日本にいた頃もあまりコンビニに行かない性質だったのもあるだろうが、14日間コンビニ食生活というのを些か甘く見すぎていたようだ。コンビニど素人にとってここで正しい買い物をするのは、想定をはるかに超えて困難だ。

 

 

 

先輩駐在員の中に、米国生活1年で16キロ増量された方がいた。聞けば、一度も自炊をされずすべて外食で済ませていたそうだ。しかも年長者から可愛がられるタイプの御仁だったためよくお酒のお誘いがあったそうだが、曰く一度も断らなかったそうだ。

彼の「駐在したのにお金は増えずにお腹だけ増えちゃったよハッハッハ。お腹育てたいんじゃなければ自炊した方がいいと思うよ。」との発言を踏まえ、米国では自炊メインに過ごし、結局帰国時に体重は1キロ減という体型維持ができた筆者ではあるが、この2週間でついに増加傾向へと転じそうだ。

 

 

今思えば彼の先輩駐在員は、米国生活を通じて最近流行の人生RTAに興じていたのではなかろうか。

であれば筆者も同様に元駐在者として、この隔離中はコンビニ食縛りという人生RTAに挑んでみるのも一興と捉えようか。

そう考えれば実に他愛もない。何せ2週間の期限付きだし、彼の所業に比べれば赤子の手をひねるようだろう。

 

 

追記

先ほどゴミを捨てに行った際、他の帰国者諸兄姉のゴミがちらりと見えたが、やはりというか誰もかれもが人生RTAコンビニ食縛り編に興じているようだ。ならば筆者もこの小波に乗るほかあるまい。

 

4月17日に体験せし羽田空港での検疫状況

 

中国の武漢に端を発し、爆発的な広がり方を見せるコロナウィルスの脅威を受け、ミシガンから帰国便に飛び乗ったのが4月16日。デトロイトからシアトル、そしてシアトルからの乗り継ぎ便で羽田へと降り立ち、ついに羽田の検疫にたどり着いた。これが役に立つかどうかはともかくとして、いかんせん手持ち無沙汰なので状況についていくらか垂れ流してみる事にする。

なお検疫に関する動画や写真、録音等はNGとアナウンスがあったため、その手の画像や映像・音声による記録は一切取っていない。

つまり、ここにあるのは筆者の残念な文章のみである。非常に残念だ。

 

 

17日 13時頃

空席率80%を数えようかという威容を呈するシアトルからの乗り継ぎ便を経て、ようやく羽田空港へ到着。到着後はいくらか機内で待機した後、日本へ入国する諸兄姉は全員検疫を実施すべく専用の待合室へご案内。ちなみに預け荷物はすぐには受け取れず、追って航空会社のスタッフが届けてくれるということらしい。それなりに広々としたスペースで、同じ便に乗っていた諸兄姉は全員まとめて説明を受けるようなイメージであった。

ちなみに日本に入国せず国際線の乗り継ぎをする諸兄姉には、検疫は処されないようだ。そのまま別ルートで乗り換えができるらしい。

 

14時頃

やや上がり気味の検疫担当官より、検疫には1日ないし2日程度かかることを説明された。公共交通機関なしに自宅へ帰れる諸兄姉に関しては、自宅で結果を待つという選択肢はあるようだが、それ以外の諸兄姉は結果が出るまで残らず空港内で待機という旨が説明された。仮に自前でホテルを予約していても、陰性であることが確認されるまでは外に出せないということである。またよしんば陽性が出たなら、ホテルの代わりに指定の病院へ担ぎ込まれることになるようだ。

ちなみに筆者の場合は駐在帰りなので、事前に宅急便で家財道具一式を送っている。この場合、別荘荷物として税関に立ち寄って申請をしなければならないのだが、検疫が済んでいない状況では税関に立ち寄る事ができない。従って、この申請も検査が終わるまではお預けである。

 

余談だがこの時点では日本への入国審査も行っていないため、日本にいるわけでも米国にいるわけでもなく、まさしく狭間に漂うような状態である。例えるならば、ちょうど映画のターミナルのような状況と言えようか。

壁工事の仕事を請け負う事もできなければ、年齢詐称美人CAとのデートのため、ヒューゴボスでスーツを調達することもできないのは残念だが。

eiga.comなお当たり前ではあるが、万が一パスポートをなくせば間違いなく面倒なことになるので、その点は気を付けたい。

 

15時頃

説明が終わると、場所を移して検体の採取が実施された。丁度インフルエンザのそれと似たようなもので、採取自体はすぐに終了する。検査官の物腰の柔らかさと、迷彩ボトムスが印象的であった。そこから検査待ちの諸兄姉は、指定された待機場所へと移る。

以前はこの検査待ちの諸兄姉に対して、国で用意したホテル等が斡旋されていたようだが、どうも検査対象人数の増加によりそれも叶わなくなったようだ。指定された待機場所というのは、いわゆる搭乗ゲートのひとつである。

さすが羽田空港だけあって海外の搭乗ゲートに比べれば格段に綺麗だし、広さもそれなりにあるが、だからといって泊まりに適している場所かというと、いかんとも首肯しがたいのが本音である。聞くところによれば成田空港でも似たような状況らしいが、今この時はどうなのだろうか。

この待機場所にはペットボトルの水が用意されており、これは自由に持って行って良いとのことである。この水が非常災害用の5年間保存水だったのだが、これこそ今の状況を最も正しく形容しているようにも思えた。今回のすべての発生源である中国においては、嘘か誠か収まったと聞いているが、日本を含めた多くの国では今なお、掛け値なしに非常事態なのだ。

他には清涼飲料水とスナックの類の自動販売機がいくつか、あとは誰も使っていなかったがマッサージチェアが2基あった。当たり前だがトイレはある。

 

17時頃

次第にあたりが暗くなってきたころ、毛布の貸し出しがあった。見たところ、一人一枚は十分に数がありそうであった。ポリ100%の感触を存分に味わいつつ、長い夜をいかにして迎えるかの算段を立て始めた頃。

 

18時半頃

航空会社のクルーより、預け荷物の返却が行われた。到着からおよそ5時間後といったところか。米国で購入しておろしたばかりのThule Revolveだったこともあり、何にせよロストせずに一安心である。

 

19時頃

突如としてアナウンスが入る。2日はゆうにかかり3日をうかがうかもしれぬと思われた試験が、なんと残り1時間もすれば完了しそうだとの事。理由はよくわからなかったが、その場にいた全員に安堵という名の電流が走ったのは言うまでもない。

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言葉を交わさずとも分かるというものだ。

 

20時頃

ちらほらと同便搭乗諸兄姉たちの名前が呼ばれ始め、ほどなくして筆者も呼ばれる。結果は陰性とのこと。この結果を受けて、入国審査へと進むことができるようになった。ホテルへは公共交通機関が出せないため、国側が用意したシャトルバスに距離を離して乗車し、最寄りエリアまで運んでくれることになった。

筆者を含む駐在帰りの諸兄姉は、既に米国から送っている別荘荷物の処理のため税関で課税品目の申告および宅配便委託の処理が必要であるが、それが終わるまでバスは待機していてくれた。

 

21時頃

別荘品の処理を終え、バスへと搭乗。どの諸兄姉も空港近くのホテルを手配していたようで、それほど時間はかからなそうだった。筆者のホテルもほど近く、22時頃にはチェックインできた。会社手配のホテルは近年まれにみるほど手狭で、人生最初の独房入りを体現してしまったかと一瞬思ったほどだが、何にせよベッドで就寝できるのはありがたい。文句も言うつもりは毛頭ない。喜んで独房のベッドで寝よう。

また、時間を早めて対応してくれた検疫担当のスタッフたちの努力に感謝するほかない。

 

 

筆者の残念な文章でお送りした検疫状況であるが、結果として約半日で入国までこぎつける事ができた。当初2日ほどかかるとされていた検査が早めに終わった理由はよくわからなかったが、あの待機場所で待機するのは単純にしんどい故、それら諸兄姉については可能な限り優先的に実施しているという話は事前にあったため、そのあたりの配慮によるものかもしれない。

とはいえこの辺の状況については刻刻と状況が変わるであろうから、半日で終わったのは文字通り僥倖と捉えた方がいいのだろう。

 

基本的に帰国者の諸兄姉、特に駐在や出張帰りらしい諸兄姉は、検査前後でも非常に落ち着いておられる方が多かった。状況はそれなりにシビアではあったが、米国でのコロナ状況も目の当たりにしているためか、これらの検査が必要な事であると身に染みて理解しているというところであろうか。

1点気になったのは、そろそろ老齢に差し掛かろうかという女性が、検疫担当の女性スタッフにやたら強くあたっていたことだ。ある時には制止を振り切って突っ切ろうとしているシーンも見られたほどであった。恐らく状況が理解できていないのだろうが、あの手の惨めな年の取り方だけはしたくないものだ。

ひょっとすると、あの手の乗客が多いがゆえに検疫時間が伸びてしまっているという側面もあるのかもしれぬ、と愚考する次第である。担当スタッフと少し話した際にも、本日急遽増員で入ってきた方もちらほらいたようで、かなり切迫した状況を感じたものである。

何にせよ日を追って悪化する状況の中、連夜遅くまで詰めているであろう現場スタッフの諸兄姉には頭が上がらない思いだ。

 

 

※この状況はあくまで筆者が体験した個別のケースであり、他のケースに当てはまるものではありません。現在では既に体制が変わっている可能性があり、結果的に役に立たない可能性があります。個人的には一刻も早く状況が落ち着き、この情報が完全に役に立たなくなる事を切に願っています。

 

 

余談だが、検疫対応中にスタッフから「次のお客様~」と呼ばれた時、不覚にもちょっと笑ってしまった。彼らは航空会社のクルーではないから、我々をお客様と捉える道理はあまり無いようにも思うが、これも気遣いのひとつであろうか。